エピソードをもっと見る
エリアで探す
嫌いな食べ物ある?
「嫌いな食べ物ある?」 居酒屋で飲んでいた時にした会話。 友達たちが「パクチー」「ほうれん草の味噌汁」「ゆでたキャベツ」と順番に答えていく。 一番最後私の番。もはや大喜利だろみたいなこの場面で私が答えたのが、 「加工されたいちご」。 全くウケなかった。分かっていたけど何か悔しい。何が正解だったのだろう。あれからずっと考えているが答えが出ない。 だからこそ皆さんに問いたい。 「嫌いな食べ物ある?」
和こうちゃ さん
偏食な父が好きなもの
子どものころ、焼き魚が食卓に乗ったことはない。お刺身も、お寿司も。 唐揚げ、親子丼、焼き鳥など鶏肉もめったに食べなかった。肉は牛、次いで豚。これのみ。 母は栄養バランスを考え、子どもたち用に工夫して父と異なるごはんをつくってくれた。大変だったと思う。感謝しかない。 父は偏食だった。元をたどれば父方の祖父が偏食だった。牛肉が好きで、90歳を超えてもステーキをよく食べていた。 週末。父はよくラーメンやそばの出前をとった。月に1回くらい、少し遠出して父がお気に入りの中華そばも食べに行った。ランチはお子様ランチのあるファミレスによく連れていってくれた。ハンバーグ、ステーキ、コロッケ、オムライス、ナポリタン・・・どれも父自身が好きだったから。 平日の夜。ビールに厚揚げ、生ショウガの味噌合え、スルメイカにマヨネーズ(唐辛子かけ)などをアテにしていた。下戸なのに。ちびちびと吞んでいた。 ああ、結局ぜんぶ好きになったものばかり。ただ、焼き魚もお刺身もお寿司も大好きになった。好みは受け継いだが、私は偏食家ではない。
あっちゃん さん
伊豆大島のうつくしいべっこう丼
去年学生時代の友人と訪れた伊豆大島。東京竹芝埠頭から夜間の大型客船の波に揺られ、朝方到着したのは自然が壮大な島の景色でした。まだ眠い目をこすりながら朝ごはんのお店を探すと、港の近くに小ぢんまりとした定食屋さんを発見。朝早い時間にも関わらく笑顔で店主さんが迎え入れてくれ、オススメされた「べっこう丼」を注文することに。 伊豆大島の郷土料理という「べっこう丼」は、新鮮な白身魚をお刺身をピリリと辛い島唐辛子入りの醤油だれに漬け込んで丼仕立てにしたもの。朝ごはんにもぴったりなおいしさに感動していると、「すごく簡単だからお家でも作れるよ」と丁寧に作り方を教えてくれるやさしい店主さんでした。
らじぱんだ さん

初めての冷凍チャーハン
私は母から虐待されて育ちました。毎日毎日言葉の暴力と体の暴力。 自由もなく生きながら死んでるような毎日でした。 高校生になり初めて友達ができました。在学中は出かけたりすることは叶わなくて日々の学校との往復だけで20歳になりました。 その友達は遠方の大学に進み、私は身一つで家をでました。 そんな大学一年の年、友達の下宿先に数ヶ月身を寄せました。 夜ご飯は友達が用意してくれた冷凍チャーハン。私は見るのも食べるのも初めてで一口食べました。 その途端涙が溢れ出ました。今までの辛かった気持ちや友達の優しさ、チャーハンの温かさ、いろんな感情がごちゃ混ぜになって私を泣かせました。 あれから30年一人娘を授かりとても幸せです。 でも冷凍チャーハンを食べるたびにあの日の涙や友達の驚いた顔が浮かぶのです。
にこもこじゅん さん
タグで探す
哀しいくらい君が好き
僕の間違いは、君を僕のもとから離してしまったことだった。地元で教師になる君を振って、僕は自分の夢を追うために他県に進んだ。今、夢を叶えて自分の好きな仕事をしているが、心は満たされていない。君が僕のそばにいないからだ。そう思いながら、自分で作った卵焼きを食べた。甘い。甘すぎる。君が作った卵焼きとは随分違うな。高校時代、君が毎日作ってきてくれたお弁当。そこに入っていた酸っぱい卵焼きの味が、今でも恋しい。そう思って、久しぶりに連絡を取ってみた。すぐに返ってきた。向こうも驚いていたようだった。ちょうど別れたところで今、彼氏はいないらしい。今までずっと新たな恋をしようとしても、若き日の僕が心の中にいて長続きしなかったそうだ。なんという奇跡。10年間の心の隙間を埋める、新しい恋が始まりそうだ。
哀しき街 さん
おじいちゃんと焼きまんじゅう
夏休みになると、前橋にあるおじいちゃんの家によく行っていた。 孫にやさしく、いつもおもちゃ売り場に連れて行ってくれて、おもちゃを買ってくれた。 一緒に野球をしてくれたり、甲子園をTVでみたり。 2週間くらい過ごして、ずっと夏休みが終わらなければいいのにと毎回思っていた。 おじいちゃんは僕らが買える時、地元で有名な焼きまんじゅうを買ってもたせてくれた。 車窓から赤城山を見ながら、甘しょっぱい焼きまんじゅうを食べて、せつない気持ちとともに東京に帰ったいたなと今でも思い出す。
加藤 さん
いくつでも食べたらいいよ
私は小さい頃、母方のおばあちゃんっ子で、兄弟は父方のおじいちゃんが大好きでした。だから夏休みや冬休みは兄弟とバラバラに、私は遠方のおばあちゃん家に預けられて一人っ子みたいな気分。その日々は、ずっと甘えてもいい、私も東京から離れて、ぐーっとのびのびできるような時間でした。料理上手なおばあちゃんはいつも好きなものをすぐにつくってくれたけれど、お寿司だけは決まったお店があり、お寿司が食べたい日はそのお店に二人で手を繋いで行きました。そこで「好きなものをいくつでも買って帰ろうね」と言われて、私は大好きな干瓢巻きといなり寿司をお腹いっぱい食べて……。おばあちゃんのやさしい声音を今でもよく覚えています。好きなものを好きな分だけ食べていい、大好きなおばあちゃんがくれる夢のような時間でした。
リラ さん