おばあちゃんの手作りミルクアイスキャンディー
雰囲気とか、話し方とか、笑い方とか、おばあちゃんはなんだか魔女みたいな雰囲気の人だった。車で40分くらいのところにある、かつて父も暮らした家に住んでいた。夏休みに家族で遊びに行くと決まって、いいものあるよぉ、食べるかぃー?ってちょっと芝居がかった前振りをされる。うん食べたい!って答えると、銀色の筒に棒が刺さったアイスキャンディーを出してくれる。カラフルなオレンジ味、グレープ味、レモン味もあったが、真っ白なミルク味が一番好きだった。どう、おいしい?それはよかったわぁ!ってうれしそうだった顔を思い出す。孫のために手作りしてくれた、甘くて、シャリっとして、素朴な味で、本当においしかった。父たち兄弟も食べていた、おばあちゃんのお得意デザートだったとあとで聞いた。
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おじいちゃんと焼きまんじゅう
夏休みになると、前橋にあるおじいちゃんの家によく行っていた。 孫にやさしく、いつもおもちゃ売り場に連れて行ってくれて、おもちゃを買ってくれた。 一緒に野球をしてくれたり、甲子園をTVでみたり。 2週間くらい過ごして、ずっと夏休みが終わらなければいいのにと毎回思っていた。 おじいちゃんは僕らが買える時、地元で有名な焼きまんじゅうを買ってもたせてくれた。 車窓から赤城山を見ながら、甘しょっぱい焼きまんじゅうを食べて、せつない気持ちとともに東京に帰ったいたなと今でも思い出す。
加藤 さん
夜更けの四万十居酒屋ご飯
学生時代の頃、東京から九州までヒッチハイクだけで往復をしたことがある。 新幹線に乗れば快適な道だが、当然ながら簡単には乗せてくれる人は見つからず、大変な旅だった。その分、人との交流や出会いがたくさん生まれた。 九州から四国にフェリーで上陸した時、すでに夕方くらいになっていた。 着いた港町はなかなか人手も少なく、車すらあまり走っておらず、ようやく乗せてくれる人を見つけて、四万十市についた頃には、夜遅くになっていた。 不安な気持ちでとりあえず夕飯を食べようとやっていた居酒屋のドアを開けると、にぎやかで温かい空気が流れていた。 四万十の名物を地元のおじさんに教えてもらいながら、旬の魚料理をいただいた。 またいつか行ってみたい。
もっちー さん
学生時代に作った大量カレー
学生時代ってホントお金ないですよね なんでね もうホント食べるのもね どうしようかなって結構考えたりしますよね ってことで私の場合はですね カレーとかシチュー またおでんや肉じゃが そういう煮物系をですね 一度にいっぱい作りまして それでね もう一週間ずっと食べ続けているっていうのをありましたね 途中でね 少なくなってきましたら また作って継ぎ足してって感じでね もうそれだったら違うの作れよって感じなんですけれどもね もうホント一週間カレーだったり一週間シチューとかね 一週間ずっとおでんだったりとかね してましたね でもね なんか飽きなかったんですよね やっぱり好きなものって飽きないですよね
サンロード さん
お母ちゃんの甘いたまご焼き
運動会や遠足などでお弁当が必要な時、お母ちゃんがいつも甘いたまご焼きを作ってくれました。 口当たりはふわふわで、少し焦げ目がついたたまご焼きでした😌 27歳になった今でも、たまご焼きは甘い派です。
るーちゃん さん
母のたわらおにぎり
社会人になり東京に就職してからはなかなか実家への帰省ができなかった。そんな中、大阪のラジオ局での仕事が決まり、出張&帰省がダブルでできるように。母は毎日私が担当するラジオ番組を欠かさず聴き、コメントも毎日丁寧にLINEでくれる喜びっぷり。そんな日々が続く中、いつも通りある出張のついでに帰省すると、体調に異変が。せっかく帰省したにもかかわらず風邪で寝込んでしまった。帰省を楽しみにしている母とろくに話もできず、何なら看病してもらってしまう有様。情けないやら申し訳ないやらで気持ちもダウンしていた中、母親がたわら型のおにぎりをつくってくれた。ひとつは塩味で、もうひとつは鮭入り。社会人になってからは忙しくて、いつも冷たくて平べったい、コンビニのおにぎり。手作りのおにぎりのあたたかさとやわらかさが弱ったからだに沁みた。めちゃくちゃおいしかった。社会人になってもこどもみたいに迷惑かけちゃうけど、ダメなときは甘えさせてもらって、また明日から頑張ろうと思えた。あのおにぎり以上においしかったおにぎりには、まだ出会えていない。
町工場のむすめちゃん さん
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お母さんのカニクリームパスタ
誕生日や特別な日は自分が大好きなカニのクリームパスタにしてくれる両親。2人でカニを買ってきて、仕込んで仕上がる味は絶品。大きくなっても、それがずっと好きだと思って作ってくれる。でも、自分的には「ちょっと飽きてきたかな」と思うけど、毎回得意げに「今日はカニクリームパスタよ」と言ってくる両親の顔を見ると言えないし、愛されているなと改めて感じるそんな”ごはんメモリー”でした。
キュータロー さん
甘くて美味しい玉子焼き
実家に帰るとご馳走で迎えてくれる母親 子供の頃から大好きだった料理をそのまま揃えた食卓 特にその中でも海苔巻きが大好きです 母親の作る玉子焼きは砂糖とほんだしが入っていて それだけで甘くて美味しい その玉子焼きはお弁当にもいつも入っていたから 懐かしい味わいでもある 私には綺麗な部分をくれる でも玉子焼きが好きだからこの端っこを食べちゃう また食べたくなってきた 実家に帰ろう
ながらぼ さん
京都で一番高い朝粥
思い立って出かけるのが好きで、今から京都を目指そうと友達と車で走って向かうことがある。 思い立つのが夜のことが多く、深夜の高速を眠気をおさえて走る。 そんな旅をしている時に出会ったおじさんが「京都で一番高い朝粥の店知ってる?」と言って連れていってくれた店がある。 深夜のドライブを終えて、いつもそのお店にいく。 眩しい朝日の中で食べる朝粥はいつも沁みる。
フジタ さん
イタリアンソーダ
学生時代、近くにお気に入りのカフェがあり、そこでイタリアンソーダというものを初めて飲んだ。炭酸に好きなシロップを選んで入れる。たくさん味の種類はあるけれど、どれも氷がたくさん入って、少し薄くて淡い味わいのイタリアンソーダ。少し奮発して(コンデンス)ミルクを足すのが、お金がない学生生活のひそかな贅沢だった。お気に入りはココナッツシロップにミルク。日本では見かけたことがないけれど、今飲んでも当時と同じくらい美味しく感じるのだろうか。
イーグルス さん
母の誕生日、ココナッツパンにロールキャベツ
母は日本語を日本人と同じくらい上手に話すが、異国の出身で、出身地の料理が日本にないことをいつも嘆いていた。そのうちのひとつがココナッツパンだった。母の誕生日に、私が「誕生日は何が欲しい?」と聞くと、いつも「ココナッツのパンが食べたい」と答えていた。まだ幼かった私は、ココナッツパンなんて食べたことも無く、ネットで調べても日本語のレシピは見当たらなかった。その代わりに、私の大好物であるロールキャベツを母の誕生日に作って一緒に食べていた。そして、ついに私が15歳、高校一年生のとき、母の誕生日にココナッツのパンを作ってあげようと思い立った。ネットで調べても、日本語で書かれたレシピは見つからなかった。そこで、私は異言語で書かれたレシピを翻訳サイトを使ってちまちま翻訳しながらココナッツパンを焼いた。焼き上がりは自分が見てもなかなか上出来だったと思う。その夜、仕事から帰ってきた母は私の焼いたココナッツのパンを少し涙ぐみながら美味しそうに食べた。「この味だよ、𓏸𓏸(私の名前)これがずっと食べたかったの、本当に美味しいよ」と私を抱きしめた。父の分も含めて多めに焼いたつもりだったが、母は1人で2人分も食べた。母に褒められて嬉しかったのもあって、それから毎年母の誕生日にはココナッツパンとロールキャベツを作って誕生日を祝っている。今でこそもう慣れたココナッツパン作りは、当時の私にとっては大冒険だったことを覚えている。
くろすけ さん