みんなから集まったごはんの思い出
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全4作品
不器用なチャーハン
当時一人暮らししていた私。 土曜日、仕事が終わり家へ帰ると優しい声で「おかえり」と彼氏が出迎えてくれると同時にキッチンから香ばしい匂いがしてくる。 しばらくして疲れた私の目の前に出してくれるのはチャーハンだった。 彼氏はチャーハンだけは得意、と言っていた。 けれども実は私はチャーハンが苦手だった。 そんな事は口を裂けても言えないので一生懸命に作っていたチャーハンを一口食べた。 ご飯の硬さが所々で違ったり、味も所々濃かったり薄かったり……。 でも頑張って作ってくれたチャーハンはすごく美味しくてこの日を境に苦手な食べ物ではなくなった。 月日は流れて私は彼と結婚した。 私がパートの日で旦那が休みの日はチャーハンを作ってくれる。 以前より上手く作れて旦那は自画自賛をし、満足している。 私も今度チャーハンの作り方を教えてもらおうと思う。 追伸、旦那よ料理のレパートリーもうちょっと増やしてください……
みー さん
毎年一度のすき焼きパーティ
毎年、年末年始の帰省を楽しみにしている。 我が家の1月1日はすき焼きパーティが開催される。 年に一度、元旦だけのすき焼き。 それも霜降りな高級肉だ。おかげさまで毎年最高な1年のスタートを切れる。 時は経ち、それぞれが家族を持ち、別々で元旦を過ごすことも多くなった。その中で、家族全員が揃ってのすき焼きはなくなってしまった。 でも、みんな、すき焼きが食べたい。 そんな食い意地から、1月2日、1月3日と、それぞれの家族と両親で、2daysのすき焼きパーティが行われる風習となった。 今は、両親の胃もたれだけが気になっている。
ふるたろ さん

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台湾の鍋
実は鍋メニューが充実する国、台湾。出張時に仕事仲間から紹介され、ぜひ家族にも教えてあげたいとプライベートでも訪れるほどはまった鍋がある。長白小館というお店の酸菜白肉火鍋。漢字から想像できるように、酸味のある白菜の漬物と豚肉を重ねている。それだけでもおいしそうな見た目なのだが、席から離れたたれコーナーで10種類を超える調味料や具材を組み合わせ、好みのつけだれを調合するのが楽しい。いざ家族を台湾に連れてきてみると、八角の香りが苦手で食べられないメニューもあったが、この鍋は小さな子どもたちにも好評だった。もう10年近く前の家族旅行だが、いまでも振り返ると必ず話題にのぼるハイライトだ。
ヤマ さん
中学生のときに食べた肉まん
無二の親友と言える友がいる。彼とは、中学時代一番長い時間を過ごした。部活で家に帰るのが遅くなったら、いつもコンビニに寄って食べたのがほっかほかの惣菜まんだった。特に冬に食べた肉まんはうまかった。雪が積もる寒い都道府県だったので、吹雪の中スリップしながら帰る日もあった。そんな日に暖房が効いたコンビニに寄って、イートインスペースで食べたほっかほかの肉まんは、ゲームのセーブポイントみたいな魔法の地点だと感じたっけ。大人になってからも交流が続いているが、年末に飲んだとき、ふとその話になって、若き日の自分と、彼の姿を思い出した。飲んでフラフラになったあと、懐かしくなって友達を誘ってコンビニで肉まんを食べた。昔より美味しくなってたけど、思い出は色褪せなかった。
ニックマン さん
アメリカンドーナッツ
アメリカ留学中、お金がなくて、安かったコンビニのドーナッツと牛乳だけ買ってお腹を満たしてた。シェアハウスの玄関先のブランコに揺られながら食べてたあのめちゃくちゃにあまいドーナッツを牛乳で流し込んだ味は、自分にとって特別な味。写真がたのしくてたのしくて、食費もフィルムや印画紙台に当てていたあの学生の日々は、今思うととても幸せな時間だった。
テキサス さん
忘れられない日と別れ
18歳の夏、彼女と別れた。泣いた。ひたすら泣いた。僕は本当に彼女のことが好きだった。でも、僕は自分の夢を追うために地元を離れることを決め、受験勉強をしていた。そして、僕は遠方への進路を決めた。進路が決まったタイミングで、友達が誕生日会を計画してくれた。しかし、なんとそこに元カノも呼ばれていた…… おそるおそる話を聞いてみると、気まずいし、断ろうと思ったらしいけど、この機会を逃したらもう僕に2度と会えないと思って来てくれたらしい。帰るとき、こっそりプレゼントをもらった。手作りチョコレートと一緒に、手紙が入ってた。「元気でね」 それを見て僕はまたわんわん泣いた。小腹が空いてチョコレートを食べるときは、今でもあの特別な誕生日を思い出す。あの子は今、元気にしてるだろうか。
goo さん
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おばあちゃんの手作りミルクアイスキャンディー
雰囲気とか、話し方とか、笑い方とか、おばあちゃんはなんだか魔女みたいな雰囲気の人だった。車で40分くらいのところにある、かつて父も暮らした家に住んでいた。夏休みに家族で遊びに行くと決まって、いいものあるよぉ、食べるかぃー?ってちょっと芝居がかった前振りをされる。うん食べたい!って答えると、銀色の筒に棒が刺さったアイスキャンディーを出してくれる。カラフルなオレンジ味、グレープ味、レモン味もあったが、真っ白なミルク味が一番好きだった。どう、おいしい?それはよかったわぁ!ってうれしそうだった顔を思い出す。孫のために手作りしてくれた、甘くて、シャリっとして、素朴な味で、本当においしかった。父たち兄弟も食べていた、おばあちゃんのお得意デザートだったとあとで聞いた。
ねるねるねるね さん
地元を離れて初めて食べたゴーヤチャンプルー
6歳まで沖縄にいて、今は親の転勤で別の県にいる私。 沖縄での食卓には、時々母の作るゴーヤチャンプルーがのぼりました。 時々、というのも、その頃は私たち兄弟は、にがーいゴーヤを好んで食べることはなかったからです。ゴーヤチャンプルーといえば、大人のメニューでした。 その頃は引越しするだなんて考えたこともなかったから、全然知らない場所に引っ越すことになって驚きました。 県外に出て、めったに食べられなくなったメニューもあります。 それでも、ゴーヤチャンプルーはやはり食卓にのぼりつづけました。 大学生になったある日。栄養バランスも考えて食べなきゃなあ、と、ゴーヤチャンプルーを食べはじめました。 すると、コリコリ苦くて爽やかなゴーヤ、ふわふわの炒り卵、ジューシーなスパムが奏でるハーモニーに惚れ惚れしちゃいました! いつの間にか、私はゴーヤチャンプルーをもりもり食べられるほど大人になっていたのかしら、としみじみしました。 沖縄を出ていろんなことがありました。全く違う環境に慣れるために頑張ったり、夢ができたり、父が亡くなっなり。 目まぐるしい変化の中で、変わらない味のゴーヤチャンプルーを好きになった、という「変わったこと」が、とても嬉しかったです。 もう随分里帰りしていないですが、1口食べればすぐに沖縄に帰れる、母の作るゴーヤチャンプルーが大好きです。
銀河 さん
初めての冷凍チャーハン
私は母から虐待されて育ちました。毎日毎日言葉の暴力と体の暴力。 自由もなく生きながら死んでるような毎日でした。 高校生になり初めて友達ができました。在学中は出かけたりすることは叶わなくて日々の学校との往復だけで20歳になりました。 その友達は遠方の大学に進み、私は身一つで家をでました。 そんな大学一年の年、友達の下宿先に数ヶ月身を寄せました。 夜ご飯は友達が用意してくれた冷凍チャーハン。私は見るのも食べるのも初めてで一口食べました。 その途端涙が溢れ出ました。今までの辛かった気持ちや友達の優しさ、チャーハンの温かさ、いろんな感情がごちゃ混ぜになって私を泣かせました。 あれから30年一人娘を授かりとても幸せです。 でも冷凍チャーハンを食べるたびにあの日の涙や友達の驚いた顔が浮かぶのです。
にこもこじゅん さん
初めてのお弁当は親友と
私には親友と呼べる人がいる。中高一貫校で、中学1年生のときに仲良くなった女の子だ。 学校でずっと一緒にいるような感じではなかったしタイプも少し違ったのだけど、街で遊んでプリクラを10回連続で撮ったり、試験前にはスタバで粘って勉強したり、よく我が家にお泊まりに来たり。 幼いなりに喧嘩も絶交も、二人の歴史にはあったが、一生分を話し尽くしたような、話をしてもしてもしきれないような時間を10代で共有した。 そんな親友と、高校3年生の卒業間際、お台場に遊びに行こうとしたとき、私がサプライズでつくって持って行ったのがお弁当だった。 決して料理上手ではない私と、さほど家でするわけでもないのにお泊まりの際には上手くササっと手際よく作る親友……という組み合わせだったのに、なんとなく、面白いかなと、思いつきで早起きしてつくっていったお弁当。 いつもよりはうまく作れた気がするけれど、誰かにお弁当をつくる、というのはとてもドキドキすることだった。 お台場の海の前で、もったいぶって出したお弁当に彼女は驚き、喜んで、褒めながら残さず食べてくれた。 来たる大学生活、いろんな初めてが起こるだろうけれど、私が初めて誰かにお弁当をつくったのはこの彼女なことは変わらない、と思ったことをよく覚えている。社会人になった今も、彼女は変わらず大切な友だちです。
せっちゃん さん
卵型のゼリー
小学校の校外学習が誕生日と被った3年生の秋。その日のお弁当はいつもと違って特別でした。卵に小さな穴を開けて中身を出して、中にゼリーを入れて母特製のバースデースイーツを作ってお弁当に入れてもらいました。遠足の外で食べるお弁当というだけで、いつもより特別なのに、今日はさらに特別。そしてお友達からもおめでとうと言ってもらい、ご機嫌。一緒にレジャーシートを広げて食べた子たちからはいいなぁと羨ましがられ、ちょっぴり得意気。食べたらすすぎきれなかったのか、少し卵の味が残っていたゼリーでしたが、嬉しかったです。素直じゃないので、帰宅後、きちんと母にありがとうを言えなかった記憶がありますが、ちゃんと伝えれば良かったなぁ。母からの愛を感じました。10年以上前に他界していて今はもう会えない母に感謝です。素敵な美味しい愛情たっぷりのお弁当をありがとう。美味しかったよ!またいつか食べたいよ〜。
へなちょこぴーまん さん